すぐにわからなくても諦めずに、ずっと考え続けること

こんにちは。穎才学院教務です。今日は茂木健一郎先生のブログから、興味深い記事をご紹介します。

記事のタイトルは「どうすれば思考+試行を必要とする問題を解くことができるようになるんでしょうか」というものです。質問者は「あらいぐまさん」という女子学生さんです。

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あらいぐま 女性 学生 東京都在住

こんにちは。
私は、とある大学の数学専攻の学生です。
日常生活において、疑問に思ったことがあり、気になって仕方がなかったため、質問させていただきました。
大学3年生の定期試験が今日で終わり、数学の採点を終えた(採点するのがとても早い先生なのです)先生が、生徒に向けてこのようなテスト評価メールを送信しました。「全体的な印象として, 数学専攻の学生が「定型的な問題を解くのは得意だが, 思考+試行を必要とする問題を解くのは苦手である」ことがよく出ているように思います. 1年生の授業を担当したときにも同じことを言ったはずですが, 前者は大学入試までにして, 後者に磨きを掛けること. これは数学の学習だけでなく, 一般社会にも通じることです. 」

これは一体どういうことなんでしょうか。
どうすれば思考+試行を必要とする問題を解くことができるようになるんでしょうか。
また、このことに関して書かれたおすすめの著書などがありましたら是非教えて頂きたいです。

ご回答。

その先生は、素敵な方ですね。きっと、いろいろ教えてくださると思うから、これからも師事するといいですよ!

思考+試行を必要とする問題は、簡単に区別できます。つまり、その問題について考える時間が、定型的な問題にかかる時間よりも長いのです(笑)。

あらいぐまさんは、一つの問題を、ずっと考えたことがありますか?
その問題を考える時間だけ、そして、できれば、ひらめいて解けた回数だけ、 思考+試行を必要とする問題にかかわる回路を鍛えることができます。

ぼくが高校の時、Z会の数学にB科というのがありました(ぼくは予備校には一日も通ったことはありませんが、Z会は好きで、時々問題を解いていたのです)。

このB科の一部の問題が、完全な「趣味」の問題で、特に整数論などのやつは、大学入試にも絶対でないだろう、みたいなやつでした。

こういう問題を、ゆっくり考えることで、その先生の言う「思考+試行を必要とする問題」 を考える力が養えると思います。

おそらく、数学オリンピックの問題などは良問が多いと思うので、試しにやってみたらいかがでしょうか?

その時のポイントは、すぐにわからなくても諦めずに、ずっと考え続けることです。

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茂木健一郎先生のブログへ

おっしゃるとおりだと思います。「すぐにわからなくても諦めずに、ずっと考え続けること」は大切ですね。あらいぐまさんの大学の先生は「思考+試行」が必要だという言い方で、「わからないについて考え続けること」の大切さを学生たちに伝えようとしていたのです。

私はこのブログで前に「わからないをキープする」という言い方をしたと思います。
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少し難しい話かもしれませんが、脳が「YES/NO」のデジタルな判断を瞬時に下す仕事を担当しているのに対して、身体は「判断を保留する」「わからないことをキープする」という機能を備えています。

子供たちの成長には「身体で何かを体験する」ということが大切だということを私たちは直観的に信じます。それは私たち自身が成長する、すなわち「未知の何かについて知ろうとする」過程で、身体の「わからないことをキープする」という機能を利用したのを、私たち自身が覚えているからです。
(「エイサイブログ」2016年7月25日の記事より)
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これも茂木先生が言っていることと同じです。私はこの「わからないを身体にキープする」という表現について、内田樹先生の教えを下敷きにしています。茂木先生は「身体」という表現は使われませんでしたが、内田樹先生と茂木健一郎先生はともに、養老孟司先生を囲む忘年会(通称「野蛮人の会」)のメンバーですから、その発想が深い根の部分でつながっている可能性は決して低くありません。

やはり「わからないをキープし続ける」というのは大切なことのようです。

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よくわからない身体の感覚に「何だ、これは」と自分自身で問いを発し続ける状態。

これこそが私たちが「未知を理解すること」に対して最も貪欲になり、「もっと知りたい」「もっと強くなりたい」と前のめりになる状態です。

これが「学ぶ」ということなんです。

「学びたいという意志」「強くなりたいという意志」、すなわち「成長・成熟したいという意志」は身体のザワつきから生まれる。ある体験に「おおぉ…」と身体を震わせて、その「よくわからなさ」「不思議さ」についてもっと知りたいと自ら前のめりになる状態。それが「学習」「成長・成熟」であるというのが今日のところの結論です。
(「エイサイブログ」2016年7月25日の記事より)
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私自身、身体のザワつきをスキャンしながら「わからない」を把持することを大事にしたいと改めて思います。学ぶということについて、私はもっと知りたい。まだまだたくさんのことを知らない。そのように思う土曜日の昼でした。

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