中高生に伝えておきたいたいせつなこと

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『転換期を生きるきみたちへ──中高生に伝えておきたいたいせつなこと』という本が晶文社から出版されました。リーダブルで知的にスリリングな内容の、素晴らしいアンソロジーです。読んでいると、中高生を宛先として11人の大人たちが懸命に言葉を贈り届けた、その温もりが伝わってくるように思います。おススメです。

この本の最後に載せられた鷲田清一先生の文章を引用します。

北海道の浦河に「べてるの家」という、精神障害という「苦労」をもつ人たちの自助のための施設があります。この町では、当初、施設の設置にかならずしも賛成でなかった人が、時が経ってからこんな感想を漏らすようになったといいます。どうしてもご紹介したい文章なので、最後に少し長くなりますが以下にひいておきます────

私たちが、普段の暮らしのなかで忘れてきた、見ないようにしてきた大事なものを、精神障害という病気を通して、教えてくれている人たちなんだね。あの人たちは嘘を言ったりとか無理したりとか、人と競ったりとか、自分以外のものになろうとしたときに、病気というスイッチがちゃんとはいる人たちなんだね。……私たちの隣に、そういう脆さを持った人たちが居てくれることの大切さを考えたときに、とっても大事な存在だよね。社会にとっても大事なことだよね。
(『浦河べてるの歩みから』同時代プロジェクト)

人を欺こうが、人を蹴落とそうが、人を言葉で傷つけようが病気にならない、そのことの異様さに気づかせてくれる人。その人たちに感謝できるようになってはじめて、右に引いた声があたりに満ちてくるようになってはじめて、わたしたちの社会はすこしばかり力がついたと言えるでしょう。

弱さに基づいた生き方をする、というのを私たちは忘れつつあります。社会的生活においてだけでなく、個人的生活においても、弱さに基づいた生き方というのは重要です。その声は小さいけれど、「弱きもの」の発する声に耳をかたむければ、私たちを脅かすもの、邪なものが世界の局所に存在することに、私たちは気づくことができる。

個人についてだけ考えても、私たちひとりひとりが身に備えている「弱さ」について、それに基づき、それが発する声にきちんと耳をかたむけることができる人は、そういうことができない人よりも、見晴らしのいい場所でおだやかに生きることができるはずです。

そういったことができないより、できたときの方が私たちに力がついたときだと言えるでしょう。

世の中もそれと同じであると鷲田先生はおっしゃいます。「弱者を含んでいる組織の方が、集団として生き延びる力が強い」というのは古来より伝えられる人類学的教訓です。競争の中で自分の順位を上昇させることや、強い者になってその強さにふさわしい報酬を手に入れることばかり目指していると、私たちは自身に潜在する能力を充分に開花させることができません。「弱者とともに生きる」というのは、いま弱者でない人にとって、自身が弱者になるというリスクを計算に入れておくという点で有効なだけでなく、自分自身のまだ見ぬ能力を開花させるという点においても、有効なのです。

「弱者とともに生きる」というのは単なるきれいごとではありません。そうした方が集団構成員それぞれの豊かな潜在可能性を開花させる可能性を高めて、集団が生き延びる可能性を高めることができる。倫理的な生き方をしましょうというのは、ただのきれいごとではありません。私たちが生き残るためのきわめて合理的な仕方なのです。

そのことを私たちはよく考えるべきだと思います。

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