【中学受験・高校受験】過去問題が「難しすぎる」と感じるときには

こんにちは。穎才学院教務です。本日は過去問題が「難しすぎる」と感じられる場合の対策をお伝えします。中学受験・高校受験をされる方たち向けの記事です。

過去問題が「難しすぎる」と感じられるとき、その原因は「受験生自身の学力と問題の難易度との間にある隔たり」です。当然ですね。

その隔たりを小さくしようと本当に思っている受験生は、難しいと感じながらも、何とかその過去問題に取り組むことができます。

一方で、その隔たりを小さくする気があまりない受験生にとって、難しいと感じられる過去問題というのは、ただただ厄介なもので、手のつけようがなくなってしまうでしょう。

過去問題が「難しすぎる」と感じられる場合、私たちは自分自身の学び方をよく見直すべきです。

それは学習方法を変えるとか、問題集を変えるとか、そういったレベルのことではありません。

本当に勉強する気があるのか、勉強していて楽しいと感じることが少しでもあるのか、そういったことを見直すのです。

本質的に物事を考えるべきです。私は、そういうことをおススメしています。

以下、「どうして過去問題が難しく感じられてならないのか、どうして自分自身の学力と問題の難易度との間にある隔たりを小さくすることができないのか、本質的に考えをめぐらせたい。本当に自分を変えたい」と思う方だけ、お読みください。

では、お話を申し上げます。

本質的に考えるとき、その仕方は必ずしも一通りではありません。また、みなさんの現状について、みなさんには固有の事情がおありですから、その状態もやはり一通りであるはずがありません。

ですから、みなさんが学力を向上させたいと強く望むなら、みなさんは各々固有の現状に基づいて、考え続けるということを選び取られるべきです。「どうしたら成長できるのか」という問いについて、各々の固有性をかえりみながら考え続けるということが、ほとんど唯一の正解です。

ですから、ぜひ考え続けてください。そうすれば、必ず道は開けます。

ここまで読んで、答えがあると期待したのに、がっかりしたという貴方。

あなたは「本当に自分を変えたい」とお考えではないのかもしれません。その可能性が高いと言わざるを得ません。

人に頼っても、変われることは、ほとんどありません。

そして、変われなくても、良いんです。

でも、その場合は、無理に頑張る必要はありませんよね。無理に頑張らなくても、良いんです。本当に。

自分のことは、自分がいちばんわかっていないものですし、自分というものは自分で見失いがちなものなのです。

だから、ちょっとくらいなら失敗してもかまいません。いや、若いうちには、必ず失敗をするのです。若いというのは、そういう状態のことを言うのですから。

だから、失敗を恐れすぎないで。失敗を後悔することに囚われないで。

きちんとご飯を食べて、温かい布団で休んで、健やかに生活することを心がけてください。

「難関中学」とか「難関高校」に入学するよりも、そういうことが出来るほうがよほど大切です。

自分より勉強ができない人たちを見下したり、自分よりも動きが遅かったり鈍かったりする人たちのことを侮ったりしないで、強い人も弱い人も普通の人も、みんな自分の仲間だと思ってください。

偏差値をUPさせることより、塾に通うことより、そういうことの大切さと当たり前を知ることの方が間違いなく重要です。

どこぞの塾・予備校がつくった「偏差値表」とやらで、自分や他人の価値を測ってはいけません。みなさんは、それくらいのことは当たり前に理解できる方たちのはずです。

背伸びしずぎないで、自分自身の足元をしっかりと見直して、それでも困ったことがあるなら、不安があるなら、身近な信頼できる大人に相談してみましょう。きっと、みなさんの話を聴いてくれるはずですよ。

健闘を祈ります。

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