節度ある新しい人間らしさ

高校生と『ちくま評論選 改訂版』で大江健三郎の「節度ある新しい人間らしさ」を読んだ。

大江健三郎の流麗な文体に憧れる。一方で読んでいて、ひごろ自分自身が親しんでいる言葉のリズムとは異なるので、気をつけないと音読でつっかえそうになった。その流麗な文体の端々に光さんへの丁寧な配慮が読み取れる。

路上で光さんが転倒したときに、自転車からすぐに飛び降りて声をかけてくれたおばちゃんと、少し離れたところで様子をじっと見ていた少女とが対照的なエピソードはやはり印象的だ。「こちらが受け入れられないほど積極的な善意」という言い方はこれから自分でも使おうと思った。そういった善意を示したおばちゃんのことを、わざわざヴェイユの言葉を引いて、かつ「私」自身の執着を反省しながら、「私」が丁寧に評価しているのには驚く。そして「その上で」、そのおばちゃんがそなえない、少女の注意や節度を「私」は賞賛しているわけだ。節度は盛んになりがちな好奇心を制御するのだろうし、意を注ぐという仕方が好奇心に基づくまなざしやふるまいを他者との生活にあった美しいものにすると言うのだろう。そういった貴重な人間性についての言い方が「生活になじんだ新しい人間らしさ」という独特な言い方であるのも、興味深い。人間らしさとか純粋さとか、本文で言われているそういったことがらについて自然と考えさせられる。

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