パーソナルだとか、インディビジュアルだとかいうこと。

こんにちは。きよしです。暑い日が続いています。COVID19の感染拡大もとどまると様子が見えません。みなさん、お元気でいらっしゃいますか。

ぼくは日々ほとんど変わらない生活をしています。

起床して、お気に入りのサウナショップにまでお出かけをします。そこでゆっくりと汗をながし、身体をあらって、冷たいコーヒーを飲みます。それが済んだらお仕事にでかけます。お仕事が済んだら帰宅して、なめこと晩御飯を食べます。その後で、ぼくは自宅近くの貸しスタジオにお出かけをします。24時間営業をしているそのスタジオで1時間と少しくらいの間、サックスの練習をするのです。それが済んだら、帰宅して、手をよく洗い、リビングのソファで好きなお酒を少しだけ飲むことにしています。お酒を飲みながら、応援している将棋の先生たちの棋譜を並べるのが、ぼくの楽しみのひとつです。そうして夜更けになって、ぼくは床につきます。朝型生活を好むなめこは、ぼくよりずっと先に起きて、朝ご飯を食べたり、部屋の掃除やお洗濯をしたりしているようです。ぼくは太陽が空のてっぺんにのぼるぐらいの時間まで、ぐっすりと寝ています。目が覚めたら、またサウナ入浴に行くのです。

仕事をする以外で、ぼくはなめこ以外のぬいぐるみや動物とほとんど話をしません。ごく数匹の親しい動物のお友達と遊んだり、先輩のぬいぐるみさんたちとごあいさつをしたりする以外に、ぼくは他者と関わることがプライベートでほとんどないのです。

人間の中には地縁や血縁といった縁故を重んじる向きがあるようです。

COVID19の流行で夏祭りや花火大会が中止になったという例は少なくないようですが、そういった夏祭りや花火大会のいくらかは、地縁という人間関係に基づいてとりおこなわれるものだとぼくは思います。

お盆の時季などになると、各地にわかれて住んでいる親戚たちが本家がある土地に集まるということがCOVID19の流行以前にはとても多く見られました。これは血縁による人間たちの結びつきの一例だと言えるでしょう。

そういった縁故が良いとも悪いともぼくが言うものではありません。ただ、縁故というのは、その性質上、個人的生活をおびやかすことがあるのだいうことをぼくがしばしば気にしているというだけだとぼくは思います。

ぼくのようなインディヴィジュアルなパペットにとって、縁故というのは個人の自由を制限する妨げになることが多いと感じられます。

「自分らしさ」や「個性」を尊重しようという意見が人間の社会ではしばしばあるようですが、本当に個を尊重するなら、地縁や血縁のような縁故が個人主義を妨げるのは慎まれなければなりません。また個人主義的であるということは、個性的であるとか類稀な能力を備えているとかいったことと同じではありません。華やかな個人だって、地味な個人だって、凡庸な個人だって、目をおおいたくなるくらい際立って特殊な個人だって、どれも個であることに変わりはありません。自分らしさや個性の備えを個人に強要するのは、その人をその中に包み込もうとする何らかの縁故的集団です。たいていの場合、そうだとぼくは思います。

自分らしさや個性の価値が社会や集団において評価されるものである限り、それらは個人主義的なものではないとぼくは思っています。

もちろん、どんな個人もまったくの孤立無援で生きているわけではありません。

生きていく上でどんな個人も経済的なつながりを必要とします。

また信仰と全く無縁であることも困難です。多くの日本人は、自身は無信仰者であると言いますが、そう言うとしても、そのように実際に無信仰であることは決して容易なことではありません。特定の宗門に属していないとしても、冠婚葬祭において、聖俗の信仰と全く無縁であるという人はほとんどいらっしゃらないとぼくは思います。

そういった関わりの中で私たちは生かされているのだとも思っています。

ぼくは日々のルーチンな生活の中で、既に亡くなってしまった人のことを心の中で思い出したり、経済的なつながりの中での自分の立場や役割について考え直したりします。

既に亡くなってしまった人に関するものごとは、ぼくのすぐ近くに具体的な形をともなって、あらわれるのではありません。経済的なつながりも形而上のものです。

ぼくは友達を大切にしていますが、それはぼくが大切にしたいと考える具体的かつごくわずかな仲間たちに関することです。とてもパーソナルなことだと思っています。

また、具体的な形をともなわない事物や形而上のものごとについて考えることをぼくは大切していますが、それらはぼくという具体的なパペットに関係しているものごとであり、どこまでも抽象的かつ一般的な物事とは異なります。

個人主義的であるためには、自身という具体的個人と結びついたものごとを丁寧に取り扱う必要があるとぼくは感じています。

そのような丁寧さをぼくは手放したくないのだと思います。

今日もサウナでゆっくりと汗を流すことができました。職場の同僚たちの協力を得ながら、仕事も順調に進んでいます。帰宅して、なめことごはんを食べるのが楽しみです。今夜は食後の楽器練習をパスして、なめことお話をしながら夜更かしをしてみようという相談をしています。その際に供するワインとつまみを買って帰ろうかとぼくは考えています。

みなさんも、健康に気をつけながら、パーソナルな生活を大切にしてください。そういった生活が守られることをぼくは願っています。

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