文化

こんにちは。きよしです。今日は文化について考えたいと思います。唐突ですみません。ですが、おつきあいいただけると幸いです。

まず手元にある国語辞典で文化という言葉の解釈を調べることにします。ぼくは『三省堂国語辞典第七版』を使います。

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ぶんか【文化】(名)
一(名)①それぞれの時代や地域、集団によって異なる、人々の精神的・社会的ないとなみ。②人間らしい暮らしをささえるもの。発達した文明。
二(造語)[文化-]それまでにない、新しいものにつけることば。「-なべ」
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上のように書かれていました。そうです。文化というのは、人間の精神的ないとなみ、社会的ないとなみです。人間たちの人間らしい暮らしをささえるものです。

ここでCOVID19について思い出してみましょう。

日本ではちょうど一年前、2020年の4月ですね、一度目の「緊急事態宣言」下にありました。ぼくたちは東京都心で暮らしていましたが、街からは人の姿がほとんど消えました。飲食店をはじめとする多くのお店が休業しました。森本先生の職場である塾も休業しました。ぼくたちは職場で一人仕事をする森本先生と一緒にお外に出るたびに、すっかりさびしくなってしまった都心の街の様子を見て、ちょっと怖いくらいの気持ちになったものです。

星野源さんが「うちで歌おう」の歌を歌っていらっしゃいました。

「アベノマスク」などと呼ばれた、あのマスクが配られていました。街の所々で売られるマスクの値段は今よりもずいぶんと高いものでしたね。

学校もお休みでした。大学生や大学院生は大学や研究室にかようことができなくなりました。

多くのコンサートやLIVEイベントが中止になりました。ぼくのお友達が所属している楽団も運営の危機に瀕しました。

学校での話をしましょう。

緊急事態宣言が終わって、学校は部分的に再開しましたね。分散登校や時差登校といった、それまでにはあまり見られなかった仕方が選び取られました。児童・生徒の安全のためです。部活動や学校行事については、その多くが中断・中止においこまれました。学校によっては文化祭などの行事を例年とは違った仕方で行うことができたようです。ただし、修学旅行や合唱コンクールなど、ほとんどの学校でとりおこなえなかった種類の学校行事もいくらかあります。

児童や生徒のなかには、行事をめぐる予定がすっかり変わってしまったことについて、思い出が失われたと感じた人たちもいるようです。

それは総じて文化的なことだったのではないでしょうか。ぼくはそのように思っています。

学校にも文化があります。それは時代や学校ごとによって異なる、児童や生徒による精神的ないとなみです。学校という共同体の中でそれは育まれます。

昨年の今ごろから、およそ1年間に渡って、学校の文化は存続の危機に瀕しています。大学の文化も危機に瀕しています。

もちろん、学校の行事は各学校の教育課程の中で行われたり、その過程に関して行われたりするものです。教育課程というのは学校に関する行政的制度に基づいたものです。カリキュラムともよばれます。その意味では文化祭も修学旅行も、学校に関する制度に基づいて行われるものですね。

制度は、変えない限り、変わりません。それはCOVID19が流行する前も今も同じです。

でも、文化は違います。

文化は放っておくと、環境の変化によって、変わってしまいます。文化の担い手としての人間の生活の仕方は環境の変化によって変化します。それに伴って文化的な何かも変わってしまうことがあるのです。

COVID19によって私たちの生活的環境はずいぶんと変わりましたね。そうすると学校文化も変わってしまうのではないでしょうか。大学の文化も変わってしまうと思います。原理的にはそういうことになります。

変わること自体は、別に良いことでも悪いことでもないかも知れません。

でも、これまでの文化的なものごとについて変えたくない何かがあると言うなら、今はそのために文化の担い手である人間の生活を守っていかなければなりません。

そういったことに関して、国や自治体が補助金などの制度的保障を設けている場合があります。それは充分なもの、万能なものではないとぼくは思うですが、同時にそういった保障を利用することは大事だとも思っています、その利用のためには難しい制度の理解や手続きが要るのはやはり厄介なのですが。

また、文化の担い手である人間たちによるそれぞれの文化の取り扱い方も重要です。例えば楽器やオートバイなどについて想像してみましょう。楽器やオートバイを所有していも、しばらくそれを使用しないという人たちがいます。手入れをしないという人たちがいます。そういった場合、その楽器やオートバイはさび付いてしまったり、ほこりをかぶってしまったりするかも知れません。確かに楽器やオートバイは生き物ではないのですが、さびつきやほこりの影響などで、その働きは変ってしまいます。文化にもそれと似ているところがあるのではないでしょうか。

感染症拡大の予防は大切です。それは人の命や生活が大切であるからです。それと根っことしては同じで、文化を守ることも大切だとぼくは常々、思っています。

なめこは今日も営んでいるお店のピアノを触っているようです。この前はそれを調律に出していました。

ぼくもサックスを吹きます。サックスを吹くことができる場所は随分と少なくなってしまいました。それでもぼくは大切なサックスを吹くのです。それはぼくにとって文化的な営みであり、そういう営みをぼくはこれからも大切にしたいと思っているからです。

いつかまた、なめことピアノとサックスのセッションができるようになるのをぼくは楽しみにしています。そのときまで、大切なものごとがさび付いてしまわないように、ぼくはものごとの手入れを欠かさないつもりです。

みなさん、ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました。みなさんが大切にしている文化も守られるように、願っています。

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