「しんがり」の役割

2018年6月、朝日新聞デジタル「&」に掲載された兵庫県の私立学校、甲陽学院さんのPR記事です。素晴らしく思うことが書かれていたので、紹介します。

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鈴木さん(AERA) 小学校で英語が教科化されます。今後、入試に英語を取り入れる予定はありますか。

今西先生(甲陽学院) 教科だから試験に出すという発想は本校にはありません。実際に今も甲陽学院の入試には社会科がありませんが、それは暗記に偏った学習を受験生にさせたくないからです。中学入試であれ大学入試であれ、入試制度への過度な適応は、自分たちが培ってきた良さを殺すだけだと思っています。(以下、敬称略)

鈴木 進学校は厳しい受験指導でエリートを育てる場、といった世の中のイメージと、甲陽学院はずいぶん違うようですね。

今西 甘いといわれるかもしれませんが、理想は高く掲げておきたいからです。今の世の中で役立つことは、すぐに役立たなくなることでもあります。個人的には「人材」という言葉があまり好きではないんです。どのような意味でも、人間は何かの「材料」や「道具」ではありません。人間そのものが教育の目的であるべきだと思うからです。
(長期的視野に立ち、昔ながらの教育を ~甲陽学院中学校・高等学校校長~)
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小学校では既に「外国語活動」として、5年生・6年生の学習活動に英語的学習が取り入れられています。さらに2020年度からの新学習指導要領により、5年生・6年生の教科に英語が含まれ、3年生・4年生の学習活動に「外国語活動」が加わります。

英語を中学入試に取り入れる学校は既にあります。2018年の中学入試では首都圏だけでも、100校以上の学校が英語を中学入試に取り入れました。その中には、面接以外に英語の試験だけで合否を決定するものもありました。

英語は重要な国際的言語です。一定の国際的覇権を有している言語だと言って良いでしょう。ですから「英語ができる」と何か良いことがありそうだ、というのは英語ができない人でも何となくわかります。

でも、「英語ができる」というのは、どういった状態を言うのでしょう。映画やミュージカルで有名になった『マイ・フェア・レディ』(My Fair Lady)の物語にあるように、言語における発音の問題はたいへんに重要で重大です。「ネイティブ」と言っても、どこの英語のネイティブなのか、それによって英語のありようは異なり、それぞれどの英語にもオリジナリティーやアイデンティティーが認められるべきだと思います。その上で、言語は政治的・経済的な支配・被支配の関係と強く関わるものなので、英語を深く学ぶというのは、本質的にはそういう関係のどこかにその身を置くということになるわけです。

ややこしい話ですよね。

でも、重要な話だと思っています。

英語に限らず、外国語を学ぶことが悪いはずがありません。でも、外国語を学ぶというのは、案外、単純なことではないんです。

他の教科的学習も同じです。

甲陽学院中学校・高等学校の今西先生は「甲陽学院の教員は、良くも悪くも非常に学究的、自分の担当する学問が好きで仕方がないというタイプが多い」と説明しています。曰く「大学受験などそっちのけで自分の専門である縄文土器の素晴らしさを語るような先生」がいらしたそうです。

でも、そういう先生の思い出って、卒業した後も、そのときの生徒たちの頭の中に残るものなんですよね。

それは、あることについて懸命に探究しつづける姿勢が生徒たちの心をうつからだと思います。まさに「学究的」姿勢です。

子供たちに「勉強しろ」とだけ言っても、そのように言う当人が学究的でなければ、子供たちは勉強しようとしないのではないでしょうか。

まず自分が見本をみせる、それで子供にもそのようにするようにすすめてみる、そしてその仕方に応じて褒めてあげる。でないと「誰がそんなもんするか」ってことなんですよね。ですから、練られた先生たちは「こうしなければならない」と生徒たちにあんまり口やかましくは言いません。

甲陽学院さんには、そういった素晴らしい先生方が多くいらっしゃるのだろうと推察されます。

それに加えて、今西先生が言う「しんがり」を担うことの大切さにも共感できます。

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今西 世の中には先陣を切っていくリーダーも必要ですが、「しんがり」を務めることのできるリーダーもまた不可欠です。頂上までみんなを引っ張っていくだけでなく、下山の時に仲間がはぐれないよう目配りできることも、これからのリーダーに求められる資質だと思います。

(中略)

今西 子どもに責任感を持たせるため、「自分のことは自分でしなさい」と教える保護者が多いと思います。もちろんそれは大切なことですが、世の中は自助と共助で成り立つものです。本校の生徒たちには、自立する強さを持ちつつも、もしも「自分でできない」人がいれば手を差し伸べるやさしさも持ってほしいと願っています。

鈴木 学習面で、受験生へのアドバイスはありますか。

今西 過去問題をよく研究してもらえれば、そこに本校のアドミッションポリシー(入学者受け入れの方針)が表れているはずです。国語では長めの記述問題が必ずありますし、算数では過去に出題例のない問題をひとつは出すようにしています。正解には届かなくとも、自分の頭で考え、自分なりに表現する力を養ってほしい。それが私たちからのメッセージです。

鈴木 小学校で英語が教科化されます。今後、入試に英語を取り入れる予定はありますか。

今西 教科だから試験に出すという発想は本校にはありません。実際に今も甲陽学院の入試には社会科がありませんが、それは暗記に偏った学習を受験生にさせたくないからです。中学入試であれ大学入試であれ、入試制度への過度な適応は、自分たちが培ってきた良さを殺すだけだと思っています。

鈴木 進学校は厳しい受験指導でエリートを育てる場、といった世の中のイメージと、甲陽学院はずいぶん違うようですね。

今西 甘いといわれるかもしれませんが、理想は高く掲げておきたいからです。今の世の中で役立つことは、すぐに役立たなくなることでもあります。個人的には「人材」という言葉があまり好きではないんです。どのような意味でも、人間は何かの「材料」や「道具」ではありません。人間そのものが教育の目的であるべきだと思うからです。
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しんがりというのは、軍隊を引き揚げる際、最後尾にあって、追手を防ぐ役割を言います。「シリガリ(後駆)」の音便と言われ、漢字で「殿」と書くこともあります。

今西先生は、下山する時に仲間がはぐれないように目配りする役目に喩えて、しんがりの役割の大切さを説明しました。優しい説明の仕方だと思います。そういった社会的役割はたいへんに重要であり、またそういった務めを果たすには困難が伴うことも少なくありません。劣勢・敗勢の軍隊が撤退するとき、しんがりの役割を務める部隊はたいへんな危難に直面します。利己的なだけでは決して務まらない、困難で重要な役割なのです。

自己を犠牲にすることがことの要点ではありません。利他的な役割の社会的に重要であるということが肝心です。

私立学校の魅力の一つは、教育的方針の独自性にあると思います。

私立学校は公教育ですが、公立学校にはなかなか見られない独自な公共性をそこに備えていることがあります。

進学先の候補として私立学校について検討をする際、そういった独自性に注目するのも、悪くないことだと思っています。

もちろん、お題目を唱えるだけでなく、実際に学校の掲げる理念にかなった教育が実践されているか、確かめるのも良いことだと思います。

「自己責任」という言葉が、できないことやできなかったことがある人たちに手を差し伸べることを斥けるような仕方で唱えられることがある昨今です。

困難な状態に陥った人を救援する場合、それに係る当人の過失の有無はひとまず慮外に置かれても良いと私は思います。

「人間そのものが目的」とされるどころか、人間が無機的な何かの材料や資材のように費消されていく、そんなことは本来はあってはならないはずです。

教育は社会的格差を拡大することがあります。ですが、社会的困難に立ち向かう知性を育むのは教育でしかないと思います。そういった社会的使命がどういった教育にあっても良いはずです。

私立学校の中には、そういった知性を育むことを是とする学校がたくさんあると思います。他にもそういった知性を涵養する社会的な場所というのはあるはずですが、そのひとつとして、甲陽学院さんのような素晴らしい学校はこれからも社会的に重要な役割を果たして行かれることでしょう。

そういった場所を社会の中で増やしていくことが重要だと私は思っています。

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