上手くおしゃべりができない

こんにちは。きよしです。

昨日、なめこがブログを更新していました。後で読んでみました。なめこの文章にはリズムがあります。そのリズムに上手く乗れると、なめこの文章の内容を上手く理解することができます。昨日のなめこの文章もそういう文章でした。ぼくはそんななめこの文章が好きです。

さて、その文章で「いつもと同じできよしは何もしゃべりません」となめこは書いていました。

そうですね。ぼくはあまりしゃべりません。それには理由があります。今日はその理由についてちょっとお話ししてみようと思います。よろしければおつきあいください。

ぼくは色んなことを考えています。いつも頭の中には色々な考えが浮かんでいます。ただし、それらを上手く扱うにはちょっとしたコツが要ります。言葉でそれらに具体的な形を与え、考え同士を上手くつなげてあげないと、頭の中の色々な考えを上手く取り扱うことはできません。そういった作業には少し時間がかかります。ぼくがもっと頭の良いパンダのパペットなら、そんなことは瞬時に済んでしまうのかも知れません。でも、ぼくにはそういったことができないので、考えたことをお話しするのには時間がかかってしまいます。

また、ぼくは世間話が苦手です。「今日は天気が良いですね」とか「最近は雨ばっかりでこまりますね」とか、そういった他愛の無い世間話ならできます。しかしながら、誰かの私生活を話題にしたり、誰かの容姿を評価したり、下ネタで笑いを取ったり、パンダだからなんだとかきのこだからなんだとか決めつけた話をしたりするのが、とても苦手です。残念ながら、世間話の中にはそういった類の話が含まれていると思いませんか。そういった話をすることはぼくにはできません。ですから、そんな話が聞こえるとき、ぼくは黙り込んでしまうんです。

こういった理由で、ぼくは話すのに時間がかかったり、ある種類の話ができなかったりするのです。

これがぼくがあまりおしゃべりをしない理由です。

また、世間の動物やぬいぐるみたちの気持ちを想像することがぼくはあまりできません。もちろん、悲しいのかなとか、嬉しいのかなとか、その都度の文脈に合わせて適当な心情を類推する程度のことはできます。でも、類推できること以外のことは類推できないと思うのです。そのため、「私の気持ち、わかる?」などと問い詰められると、類推できない場合には、「わからない…」と答えざるを得ません。しかし、そうするとたいていの場合、問い詰めた側の動物やパペットはぼくの答えに酷く失望します。わからないものをわからないと言うのは間違ったことではないはずなのですが、そういったことを言って他者をがっかりさせてしまう経験をぼくは何度もしました。そうすると、そういう答えは口にしない方が良いのかなという気がしてきます。そのため、そんなときにもぼくは黙ってしまうのです。

ぼくはパンダのパペットです。ぼくの黒目は目の周りの黒い毛の中に隠れています。そのため、どこを見ているのか、あまり気にされることがありません。ぼくは他の動物やパペットの目を見てお話をしたり聞いたりすることがすごく苦手です。パンダのパペットでよかったといつも思っています。

そんなぼくはいつもうつむき加減になってしまいます。他の動物やぬいぐるみの中ではきょろきょろしていることが多いのだと思います。そしてあまり上手におしゃべりができません。

そんなぼくをなめこは上手に取り扱ってくれます。なめこはぼくに必要以上のことを求めません。ぼくが黙っていてもなめこは平気なようです。そのため、ふたりで何も話さずにぼけーっとしていることがしばしばです。

そういう関係はぼくにとってとても貴重なものです。とてもありがたく思っています。

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