音楽的経験と譜面の関係

こんにちは。なめこです。昨日は11月11日、ポッキーの日でしたね。1918年に第一次世界大戦でドイツと連合国の休戦協定が結ばれた日でもありました。ちなみに東アジアの旧暦では旧暦10月の十五夜でしたね。なお満月は今日11月12日の夜に上る月です。

ところで、この秋、台風や大雨などが各地で被害をもたらしました。ぼくの友達も住処が壊れたり、仲間が行方不明になったり、たいへんに辛い思いをしています。ぼくの仲間の生活は少しずつ回復し始めていますが、全く元の状態には戻っていません。まだまだ辛い時間が続きます。こういった戦いは辛く地味な長期戦です。これからもぼくとなめこはできる仕方で支援を続けていこうと考えています。みんなが少しでも心穏やかに年を越えられるように、願ってやみません。寒いところに済んでいる仲間がいる所ではそろそろ雪が降り始めますから、その前になんとか最低限の冬支度を済ませねばなりません。大変です。

さて、ここからは今日のぼくたちのお話です。

昨夜ぼくが仕事場である喫茶店から帰宅すると、きよしが楽譜を見ながら音楽を聴いていました。

その音楽はベルギーの作曲家ベルト アッペルモント (Bert Appermont)が作曲・発表した「ブリュッセル・レクイエム(A Brussels Requiem)」という楽曲で、きよしが聴いていたのは2017年に譜面が出版されたウィンドオーケストラ(木管楽器・金管楽器・打楽器による吹奏楽団)のためのバージョンでした。

楽曲のタイトルから分かるように、この曲は2016年にベルギーのブリュッセルで起きた同時多発テロ事件に着想したものです。2016年3月22日に、ベルギーの首都ブリュッセルのブリュッセル空港及び地下鉄のマールベーク駅において爆発テロ事件が相次いで起こりました。犯人3名を含めて35名の人が亡くなり、約200名の負傷者が出ています。

ぼくも当時の事件の様子を伝えるニュース報道を覚えています。ちょうど前年の11月にパリで同時多発テロ事件があった記憶がまだ鮮やかなころだったので、繰り返し起こるテロ事件に戦慄したのが忘れられません。

「ブリュッセル・レクイエム」はその犠牲者の鎮魂を主題とする楽曲です。

ぼくは「ブリュッセル・レクイエム」をその日初めて聴いたのですが、楽曲中で繰り返される優しいメロディーが印象的でした。あとできよしがそれは「月の光に(Au Clair de la Lune)」というフランスの古い童謡のメロディーなのだと教えてくれました。

音楽が軍事的事件に着想して作られることは珍しいことではありません。有名なところでチャイコフスキーの「序曲『1812年』(Торжественная увертюра «1812 год»)」が思い浮かびます。吹奏楽の楽曲に詳しい人はアーノルドの「ピータールー序曲」を思い出すかも知れませんね。

ただし、チャイコフスキーの「序曲『1812年』」はニコライの委嘱を受けたチャイコフスキーが1880年代に歴史的事件としての1812年のナポレオンのロシア遠征とそれを退けるロシア帝国の活躍を通俗的に音楽で通俗的に描写したものです。「ピータールー序曲」は1819年にイギリスのマンチェスターにあるセント・ピーターズ・フィールドで起きた民衆弾圧事件を1960年代になってから記念的に音楽で表現したものです。

それらと比べて、アッペルモントの「ブリュッセル・レクイエム」は作曲家自身がすすんで悲劇的事件を主題にとりあげることで出来た作品であるというのが特別だと思います。その所為かどうかはわかりませんが、楽曲全体を通してエネルギッシュで、且つ叙情的な印象をぼくは感受しました。

きよしはそのアッペルモント自身の指揮による「ブリュッセル・レクイエム」の演奏を繰り返して聴いているのでした。

きよしはスコアをめくりながら、ときどきそれに何かを書き込んでいるようです。

ぼくはきよしに、どうしてスコアを見ながら演奏を聴いているのか、たずねました。

きよしは

「そうした方がこの楽曲のつくりを的確に理解する事ができるでしょ?ぼくは昨日この楽曲の演奏を横浜のホールで聴いたのだけれど、いくつか気になったことがあったんだ。」

と答えてくれました。

おー、きよしは11月10日の日曜日に横浜のみなとみらい駅まで足をのばして、音楽ホールで吹奏楽の演奏を聴いてきたんですね。

そこできよしはたくさんの高校の吹奏楽部の演奏を聴いたそうです。その中で3つの吹奏楽部が同じ「ブリュッセル・レクイエム」を演奏したそうです。

でも、きよしはそれらを聴いて何か変な感じがしたのだそうです。

「3つの学校の演奏はどれも異なっていたんだ。それは単純に音楽演奏の上手い下手による異なりだとは思えなかったのだよ。たぶん、彼らは原曲のどこかを同じようにパスして演奏している、ぼくはそう直感したんだ。」

ほう、きよしはすごいですねえ。

「そして、演奏会の後で調べてみたら、今年2019年の吹奏楽コンクールでたくさんの吹奏楽部がアッペルモントのこの曲を演奏したらしい。横浜の演奏会でもそうだったのだけど、どうして多くの吹奏楽部がこの楽曲を演奏するのか、ぼくは気になったのだよ。」

へえ、それできよしは楽譜屋さんで「ブリュッセル・レクイエム」スコアを入手し、一緒に音源も手に入れて、お家で研究をしているんですね。

きよし、何かわかりましたか?

「いいや、はっきりとしたことは何もわからないよ。でもスコアを見ながら音楽を聴いていると、楽曲の仕組みが明確に理解できるのが楽しいんだ。」

へえ、どういうことなのでしょう。

「アッペルモント氏が2016年にブリュッセルで起こった同時多発テロに対してどんな感情をいだいたのか、楽曲の各部分が事件に対するどのような感情を表現しているのか、そういったことはぼくにはよくわからない。スコアを見ながら音楽を聴いても、そういったことは全くわからないのだよ。でもね、スコアを見ながら音楽を聴いていると、ただ耳で聴いているだけでは区別できなかったパート分けやフレージングの工夫やハーモニーのつくりなどがあることに気がつけるんだよ。ぼくはそういったことを考えながら理解することが楽しくて仕方がないんだ。」

きよしは楽譜を読むことができるパンダです。音楽を聴くだけでなく、楽譜の意味を理解することができると、音楽の仕組みやつくりについて複雑な理解が可能になるようですね。

きよしはときどき動物やぬいぐるみの仲間たちと楽器の演奏をしています。きよしが楽器の演奏をしたり音楽について理解したりできるのは、きよしが楽譜の内容を理解することができるからだと思います。

楽譜を読むことができなくても素敵な音楽的体験は可能なのですが、楽譜が読めないとできない音楽的体験もあるのだとぼくには理解できるのでした。

言語的体験についてもそれと同様のことが言えるのですが、読解能力は大切なのだと思います。

楽譜も文章も記号の体系に基づいて書かれるものです。記号によって、意味を分節し、構造について確かめ、部分からなる全体を組み立てることができるのです。

そういったことが出来なくても構わないのですが、出来ると素敵だなともぼくは思うのでした。

はい。

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