学校と法律

こんにちは、なめこです。今日は学校での言葉の暴力をめぐる話です。

森本先生は穎才学院の他でもお仕事をしています。いくつかの学校や大学で授業などを担当したり、そのほかのお仕事を担ったりしているのです。ぼくときよしはそのお仕事についていくことがあります。

そこでは楽しい経験や素敵な体験をすることがほとんどなのですが、時々残念な場面にでくわすことがあるんです。

そのひとつが言葉の暴力です。

学校や大学の先生の中には言葉の暴力で生徒や学生に恐怖感や侮辱感を与える人がいます。もちろんそんな人たちばかりではないのですが、中にはそういった暴力的な仕方を選び取ることが常態化している先生方がいるのです。そういった先生たちの言葉の暴力で生徒や学生の人権が侵害されることもあり、これらは重大な社会的問題だと考えられています。

例えばこんな場合について想像してみましょう。

小学校の授業で複数の児童が授業内容に直接関係しないことで大騒ぎをしていたとします。

それに対し小学校の先生が、授業中に大騒ぎをするような人間はしつけのできていない犬やブタと同じだ、大騒ぎすることがやめられないのなら犬やブタをしつけるのと同じように鞭で叩いてしつけなくてはならない、次に同じことをしたらそうするからよく覚えておきなさいと30分以上にわたって授業内で叱責したとしましょう。

こういった小学校の先生の行為は、傷害行為や暴力行為には当たらないものの、児童に精神的な苦痛・負担を与える暴言に当たる可能性があります。

児童について犬やブタと同じだと言ったり、犬やブタを同じようにとりあつかおうと言ったりするのは、児童の人格を否定していることに当たる可能性があります。

また児童に対して鞭で叩いてしつけてやろうと言うのは脅迫に当たる可能性が否めません。

他の児童もいる授業中に30分以上の時間に及び特定の児童を叱責するのは、集中的で過度な批判に当たると判断されるかもしれません。

他者の人格を否定するなどの日本国憲法で保障された基本的人権を侵害する不法行為は、 民法709条の「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う」という規定により、損害賠償請求の対象になる場合があります。

本人や親族の生命、身体、自由、名誉または財産に対して害を加えることを告げて、人を脅迫することは、刑法222条で脅迫罪に当たるとされています。

合理的な理由があった場合でも、多数の人間の目前で過失を批判したり、必要以上に過度な仕方で指弾をしたりするのはやはり民法に定める不法行為に当たる可能性があると言えるでしょう。

また各教育委員会では暴言等を、体罰とは別に、不適切な行為で許されないとしていることがあります

ただし叱責された児童たちが上のように判断するのに要る法律的理解や教育委員会の指導内容についての理解を充分に備えているとは必ずしも言えません。おそらくほとんどの児童はそういた理解を全く備えていないのではないでしょうか。

そうだとすると当該の児童たちは各々が不当な扱いを受けているという事実を理解することができないでしょうね。それは当該の児童たちの自由や権利を損なうことになるので、各児童にとって不利益なことです。しかしながら、既に確かめたように、児童などは自身の自由や権利およびその侵害について概念的に理解できないことがあるので、児童などの周囲にいる大人たちでそういったことがらについて充分に理解できる人たちが児童たちの自由や権利を保障する必要があるのです。この場合、小学校の先生にはそういった役割が期待されています。

想像に基づく話はここまでにしておきましょう。

ぼくは学校や大学などで生徒や学生の自由や権利が侵害されている場面を何度か見たことがあります。そういったときには森本先生と協力して、なるべく現状を客観的に把握・記録し、当該の生徒・学生を中心に関係者と話し合って、問題の所在を共同で確かめ、可能な仕方でその問題を解消しようと努めるようにしています。

もちろんそういった共同作業が不調に終わることもあるのですが、そういった可能性があっても、大切なものが脅かされている生徒や学生を見過ごすことはできないと思っています。

刑事罰や不法行為を容認することは法的に許されませんが、言葉の暴力に及んでしまう先生たちには①刑事罰や不法行為についての概念的理解が不充分であるとか、②刑事罰や不法行為に当たる行為に及ぶ当人なりの理由があるとかいった特徴があるように思います。そういった場合は損なわれている生徒や学生の権利や自由をまずは保障した上で、当該の先生の事情も斟酌できると良いでしょうね。

ぼくも森本先生も法律の専門家ではありませんが、法律の専門家が学校・大学で担うことが期待される役割は実際にあり、そういった専門家たちが各学校・大学に充分に関わることが当然な社会的設計が必要だとぼくは思います。

専門家には是非その専門的な能力を弱い立場の人たちを守るために用いてもらいたい。

ぼくは人間ではありませんが、そのようにいつも思っています。

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