家族と社会

こんにちは。きよしです。

今日は家族と社会についてのお話です。

家族は英語でfamilyと言います。このfamilyという語のなりたちについて辞書で調べてみると、召使いや従者たちという意味を表す言葉がfamilyの語源であるとわかります。

※インターネットで調べると「英語でfamilyって単語なんですけど、 語源はFはfather。Aはand。Mはmother。 ilyはI Love You の頭文字をとってるらしい」という説明が出て来るのですが、この説明の真偽は定かではありません。ぼくは眉唾物だと思います。

ラテン語でfamiliaと言うと、召使いや奴隷も含んだ、家の構成員のことを指します。famulusというと奴隷や召し使いのことです。

私たちは家族という言葉を聞いて、どのような人間関係をイメージするでしょう。

婚姻関係や血縁関係などに基づいた、親密な人間関係でしょうか。

婚姻関係を結んでいないカップルや血縁関係の無い親子関係の生活が実際にはあります。関係が親密でない家族もあり得ます。

このように、私たちが勝手にイメージする家族的人間関係の様子は、実際と比べてずいぶんと偏ったものかも知れません。

私たちにとって、familyという言葉と召使いや奴隷という言葉は互いに上手くなじまないものでしょう。それは家族についての理解が時代によって全く異なるからだと思います。そうだとしたら、私たちがそれぞれ採用している家族についてのイメージも、実際の家族的生活が多様であるのに対して、やはりずいぶんと偏ったイメージなのではないか。ぼくはそのように思います。

社会は英語でsocietyと言います。societyという語のなりたちについて辞書で調べてみると、仲間という意味を表す言葉がsocietyの語源であるとわかります。

ラテン語でsocietasと言うと、親交・友愛・絆のことを指します。sociusというと友達のことです。

社会という語は明治時代にできました。それ以前には用いられていなかったのです。

今でも新しいカタカナ語は次々と生まれています。新しいカタカナ語を聞くと、その意味がわからないのでかえって気になってしまうということがあるかも知れません。「バッファ」とか「アサイン」とか、カタカナのビジネス用語は何となく私たちを惹きつけます。

社会という語も明治時代の初めには新語でした。ちょうど今の新しいカナカナ言葉のような真新しい印象を人々に与えていたのかも知れません。

今では社会という言葉が一般的に用いられます。小学校でも中学校でも社会科の学習をします。社会と言うと、それは世の中のことだと理解できる人はとても多いのです。

では、その世の中というのは、いったいどのような世の中なのでしょうか。

世の中には色んな人がいますね。では、その色んな人たちのことをみなさんはどのように理解しようとしていますか。

世の中には理解も共感もできない他者がいるとぼくは思っています。そして、そういう人たちとぼくたちは上手く共同して暮らしていかなくてはならないでしょう。

社会の理解の仕方はひとつだけではありません。家族についての理解の仕方もそれと同じだと思います。

「家族なんだから…」とか、「うちの会社は家族的だ」とか、家族という言葉はものごとの説明に利用されることがあります。でも、それだけではいったいどんな家族のことを言っているのか、ぼくにはよくわかりません。そのため、ぼくはそういった家族的説明を上手く理解することができないのです。ごめんなさいね。

家族についても、社会についても、ぼくはもっとよく学ぶべきだと思います。そして、考えを深めていくべきだと思います。

それは家族生活や社会で生活する人たちの固有性を損なわないようにしたいからです。

そういったことって、大切だとぼくは思っています。

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