「上座の譲り合い」

こんにちは。はじめまして。オグリキャップです。ぼくは、このブログにときどき登場しているなめこやきよしの仲間で、彼らよりも長くこの世界で生活しています。もう30年くらいになるかな。

ぼくはいつも新聞を読んでいます。新聞がとても好きなので、読んでいる新聞は一紙だけではありません。ちょっとがんばろうという気持ちがあるときは英字新聞にも挑戦します。

そんなぼくですが、ここ数年は各新聞社のツイッターアカウントもフォローするようになりました。そういったアカウントの中でぼくが気に入っているものの1つが「朝日新聞将棋取材班」さんのアカウントです。

今日は羽生九段が将棋の最多勝記録をかけ、永瀬叡王と対戦する際のエピソードが紹介されていました。

朝日新聞将棋取材班が撮影した羽生九段の対局前の姿はしなやかで美しい様子に見えました。

さて、永瀬叡王が保持しているタイトル「叡王」は現在8つ存在する将棋のタイトルの中で最も新しいものです。そしてタイトルとして取り扱われる以前、叡王の称号者は「電王トーナメント」なるコンピューター将棋ソフトウェア棋戦を勝ち上がってきた将棋ソフトウェアと対局するという歴史がありました。

その対局は「電王戦」と名付けられ、2015年と2016年に行われました。それ以前にもプロ棋士が将棋ソフトウェアと戦うという機会は公式・非公式にいくらか設けられていましたが、この2年間の電王戦はその集大成と目される対局であったと言えるでしょう。2年とも第一線のプロ棋士が将棋ソフトウェアと対局しましたが、対局でプロ棋士が勝利することは一度もありませんでした。

(シンギュラリティーにっぽん)第1部・未来からの挑戦:5 最強AI、人はもう詰んだのか

実は「コンピューターがプロ棋士を負かす日は?」という質問に、羽生七冠王(当時)は「2015年」と答えていました。1996年のことです。ぼくはその年の『将棋年鑑』を読んでいたので、そのことをよく覚えています。

実際に公式の対局でプロ棋士がコンピューター将棋ソフトウェアに負けるのはそれよりも数年先のことだったのですが、羽生さんの「予言」は21世紀の棋界の様子を充分に言い当てていたといえるでしょう。

ぼくは、羽生さんにそうした「予言」のような発言がどうして可能だったかということより、コンピューターがプロ棋士を負かしてから後も羽生さんが将棋に取り組む姿に興味があります。

Technological Singularityという用語があります。「シンギュラリティー」という外来語なら耳なじみがあるという人もいるのではないでしょうか。

シンギュラリティーとは「人工知能(AI)が人間を超えるまで技術が進むタイミング」(朝日新聞)であると説明されます。

ある将棋ソフト開発者は将棋界にはシンギュラリティーがおとずれたと断言します。

最強の将棋ソフトが相手なら羽生さんでも勝利は難しいとか、もはや人間と将棋を指すことをやめて将棋ソフトとだけ将棋を指す方が望ましいとかいった主旨の発言をするプロ棋士も実際に現れています。

それでもプロ棋士たちは将棋についての理解を深め続け、将棋と深く関わりながら生きることを続けています。

将棋に対する一般のファンの応援も決して下火になってはいません。

将棋界で活躍を続ける藤井聡太七段がプロ棋士になったのは2016年のことでした。それは棋界の最高位である「名人」のタイトルを保持する棋士が電王戦で将棋ソフトウェアに敗れた年です。

藤井七段は「人間と一度も対局せずに棋士になる方が出てくるのではないかと思います」と言っています。

ではそういう仕方はあまり人間味のない仕方なのか。

ぼくはむしろ逆だと思います。

人間と将棋を指して勝つために、あえて人間と将棋を指すことをやめる。そういったことが起きるのは、例えば人間同士での将棋の戦いに勝つために、人間との将棋のトレーニングが邪魔になると人間が判断するからです。

そうです。それは人間の判断なのです。

そういった意味で人間と一度も対局せずに棋士になる者が現れるというのは実に人間的な仕方だとぼくは思います。

人間にできることの1つは考えることです。人間は考え続けることができますし、決まった正解がないものごとについて他の人と一緒に考えを練り上げることもできます。

いわゆる人工知能(AI)は意味を理解していない、そのようにぼくは理解しています。

意味を理解しない人工知能(AI)が将棋でプロに負けなくなったのは、そのプログラムを開発するものたちが人間的な将棋の思考をトレースすることをやめて、コンピューターならではの局面評価を可能にする関数の発見に注目し、コンピューター同士での対局を膨大な回数繰り返すことでコンピューターの棋力強化に役立つ教師データを大量に手に入れる方法を採用したからです。

コンピューターは数学でしかものごとを理解できません。コンピューターが数学で動いているからですね。

現在のコンピューター将棋ソフトは将棋を数学的に理解し、対局中に現れる局面情報からその局面での有利不利をあらわすとされる数値を算出する関数を備えています。

最新の将棋ソフトウェア棋戦には、際限なく長いコンピューター同士の対局を避ける独自のルールが採用されていて、各ソフトウェアはそれを理解下上で対局するため、その終局図は人間同士の戦いで現れる局面とは似ても似つきません。

「やねうら王」初出場V 千日手狙いはまる 世界コンピュータ将棋選手権

今年開かれた世界コンピュータ将棋選手権の決勝戦では、人間同士の将棋では珍しい「相入玉」の局面が生じ、終盤には片方の将棋ソフトが勝利を放棄して、次善策としての「点数稼ぎ」に専念したようです。

コンピューター将棋ソフトがそういった人間の将棋とは異なる方面に進化していくのは自然なことだと思います。

コンピューターは将棋を理解していないのに対し、人間はどこまでも将棋について理解したいと思うからです。

それが決定的な違いなのだと思います。

そういったタフな仕事をつづけることはごく一部の人間にしかできません。それでも、ぼくたちはそういった人間たちの居住まいに美しさを感じ取ったりします。

そういった人文学的なことがらがぼくたちが生きる上で大切なのではないかと、ぼくは競走馬のぬいぐるみなのだけれどしみじみ思います。

今夜は永瀬叡王と羽生九段の対局を将棋アプリで観戦しようと思います。

なめこやきよしにも紹介してみようかな。一緒に楽しんでくれると嬉しいなと思います。

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