音読→解釈→音読しながら解釈の確認

音読→解釈→音読しながら解釈の確認

これが古文・漢文学習の手順です。

私はそのように考えています。

今の日本語を母語とする人たちにとって、古文・漢文は「外国語のようなもの」です。

ですから、外国語の学習と同じで、「聴く→話す→読む」の順番で学習すれば良いのです。(古文・漢文は「書く」わけにはいかないので、英語のように「4技能(聴く・話す・読む・書く)」にはなりません。)

「古典文法がわからないと古文は読めない」という人がいます。「英文法がわからないと英語長文は読めない」という人も、よくいますね。

でも、それって本当ですか?

古文が読めている人は、古典文法がわかっている人ばかりではありませんよ?

外国語として英語の文章をスラスラ読む人は、みんな英文法についてよく理解しているわけではないでしょう?

「古典文法がわからないと古文は読めない」というのは、敢えて言えば、古文について学校(あるいは塾・予備校)で習う文法古典文法の仕組みを教えるしか出来ない人にとっては、都合の良い言い方です。

古文の読みが指導できなくても、古典文法の指導さえ出来れば、子供たちを捕まえて自分の教室に置いておくことができるのですから、そうすることで自身の利益が上がる(要は金になる)という人は、そういう詐術めいた仕方を採用するかもしれませんね。

古典文法の学習は、実際に、古文の読みに置いて欠かせないことがあります。でも、「古典文法がわからないと古文は読めない」というのは、間違いを含む言い方であると言わざるを得ません。「古典文法がわからなくても古文の大半は読める。でも、解釈の難しい箇所があって、そこについて解釈するときに、文法的理解は補助になる」というのが正確な言い方です。

私は今、言語理解と音声理解の関係に関心があります。音声的認知が困難な方たちが、どのようにして言語的理解を深めてゆかれるのか。そういったことにも、関心があります。これについては、丁寧に理解を深めていくつもりです。

その上で、私たちの中には、言語理解において音声理解を下敷きにしている人たちが一定数いるだろう、という仮説を今の私は採用しています。

これからも、こういった仮説はどんどん書き換えられる可能性があるわけですが、そういう意味でたくさんの学びの余地があることに、私は関心が傾くのを禁じられません。まだまだ、私が知らないことはたくさんありそうです。

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