ぼくと友達

こんにちは。きよしです。今日は、いつもみなさんにお話をしているなめこがお休みです。ぼくが代わりにお話をいたしますね。どうぞ、よろしくお願いします。

話をする前に、少しだけ自己紹介のようなことをさせてください。ぼくは森本先生が持っているパンダのハンドパペットです。同じように森本先生が持っているハンドパペットのなめこや他のぬいぐるみと一緒に森本先生のお部屋で生活しています。ときどき、穎才学院にも遊びに来ていますよ。

はい。

ところで、みなさんにはお友達はいますか。

いますよね。

ぼくにも友達がいます。例えば、なめこです。

では、なめことぼくは仲良しなのかと言えば、それはよくわかりません。もう、何年も一緒に生活しているので、そういった意味では仲は悪くないと言えそうです。でも、仲が良いのかと言われると、やはり考えてしまいます。

というのは、ぼくにはなめこと好みや習慣が合わないことがあります。

なめこはサッカーが好きです。でも、ぼくはアメリカンフットボールが好きです。また、なめこは洋画が好きですが、ぼくは邦画が好きです。

例えば、ぼくがアメリカンフットボールだけでなく、サッカーもそこそこ好きであれば良いのかもしれないのですが、ぼくはあまりサッカーが好きではありません。

それと同じようなことが映画に関する好みについても、言えるのです。

だから、ぼくはなめこと一緒にテレビでサッカーの中継を見たり、洋画のDVDを鑑賞したりすることが困難です。

一緒にサッカーの中継を見たり、洋画を鑑賞したりしている間、ぼくが我慢していれば良いのかもしれませんが、ぼくはそれが嫌です。

なめこも、そういったことについては、わかってくれているようです。サッカーの中継や洋画を見るようにぼくに無理強いすることがありません。ありがたいことですね。

だから、なめこがテレビでサッカーの中継を見ているとき、ぼくは別の部屋で本を読んだり、別のテレビでアメリカンフットボールの中継を見たりしています。(そう、ぼくらが住んでいる森本先生の家には、異なる部屋にテレビが1つずつ置いてあるのですね。)

そういったなめことぼくですが、果たして、仲が良いのか、悪いのか、やっぱりよくわからないとみなさんも思いませんか。

ぼくたちは一緒にごはんを食べます。ぼくたちは別々の場所で寝ています。なめこは朝型の生活習慣ですが、ぼくは夜型の生活習慣なんです。

一緒にごはんを食べているから、仲が良いのでしょうか。同じ家で暮らしているのに別々の場所で寝ていたら、仲が悪いのでしょうか。

そういった説明の仕方がどれくらい有効なものなのか、ぼくには今ひとつ上手く理解できません。

菅野仁という先生が『友だち幻想 人と人の<つながり>を考える』という素敵な本を遺しています。そこで菅野先生は、「友だち」と同じように振る舞ったり、「友だち」の好みに同調したりすることが、私たちのストレスや疲労の原因になることがあると指摘しています。私たちは色々と違う個体であるはずなのに、「友だちだから」という理由でいつでもどこでも同調を強いられると、私たちはたいへんに生きづらく感じてしまう。友情が強迫になってしまうのです。

そういった困難な状態が平常となるのを避けるために、菅野先生は「ルール」を定めて交友するという仕方を提案しています。

私たちそれぞれの自由を守るために、交友上のルールを設けるのです。

なめことぼくの間にも、共同生活上のルールがあるように思います。それはお互いの好みや習慣の違いを尊重するというルールです。自分が好きだからという理由で、自分が好きなものを相手に押しつけない。自分が好きではないものについて、そうだからと言って、悪く言ったり蔑ろにしたりしない。そういった具体的行動がそのルールから導けます。

どうでしょうか。みなさんとみなさんの友達の間にも、交友の上でのルールというのがあるのではないでしょうか。あるいは、そういったルールが必要だと感じられるのではないでしょうか。

友達は幸せも苦しみももたらすものです。そうだからこそ、友達と上手に交際することが重要だと思います。

はい。

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