高瀬舟

森鴎外の「高瀬舟」を読んだ。

中学3年生の塾生が2学期の中間試験の直前で、定期テスト対策を希望した。その試験範囲に「高瀬舟」が含まれていたのである。

その塾生は「高瀬舟」の本文を読んでいた。たぶん、何度か音読していたのだと思う。

一応、どんな話だったか、質問してみた。

「庄兵衛が喜助に…、死罪に問われた理由をたずねて…、」

うん。時間はかかるが説明はできている。不充分な説明ではあるけれど。説明のはじめに、庄兵衛と喜助という登場人物の名前がちゃんと出てくるのが、良いよね。

さて、では喜助はどのような理由で死罪に問われたのか、改めて確認をしてみましょうか。

喜助の告白が始まる少し前の部分から、私は本文を音読しはじめた。

——
庄兵衞は喜助の顏をまもりつつ又、「喜助さん」と呼び掛けた。今度は「さん」と云つたが、これは十分の意識を以て稱呼を改めたわけではない。其聲が我口から出て我耳に入るや否や、庄兵衞は此稱呼の不穩當なのに氣が附いたが、今さら既に出た詞を取り返すことも出來なかつた。
「はい」と答へた喜助も、「さん」と呼ばれたのを不審に思ふらしく、おそる/\庄兵衞の氣色を覗つた。
 庄兵衞は少し間の惡いのをこらへて云つた。「色々の事を聞くやうだが、お前が今度島へ遣られるのは、人をあやめたからだと云ふ事だ。己に序にそのわけを話して聞せてくれぬか。」
 喜助はひどく恐れ入つた樣子で、「かしこまりました」と云つて、小聲で話し出した。「どうも飛んだ心得違こゝろえちがひで、恐ろしい事をいたしまして、なんとも申し上げやうがございませぬ。跡で思つて見ますと、どうしてあんな事が出來たかと、自分ながら不思議でなりませぬ。全く夢中でいたしましたのでございます。わたくしは小さい時に二親が時疫じえきで亡くなりまして、弟と二人跡に殘りました。初は丁度軒下に生れた狗いぬの子にふびんを掛けるやうに町内の人達がお惠下さいますので、近所中の走使などをいたして、飢ゑ凍えもせずに、育ちました。次第に大きくなりまして職を搜しますにも、なるたけ二人が離れないやうにいたして、一しよにゐて、助け合つて働きました。…。
——
地の文を読む語り手としての声、庄兵衛の声、告白を始める喜助の声、読むのにはいくつかの声が必要だ。

その意味では、ここからが、さらに大変だ。

だって、

喉笛を切った「弟」の声が要るのだもの!

辛いですよ、痛いですよ。

それは「弟」の辛さがわかるというのではなくて、読んでいて辛いし、痛い、そういうことです。

読んでいて改めて気がついたのだけれど、医師であった鴎外は、実に的確に剃刀で喉笛を切る様子を描写している。実際の人体の構造をよく理解している人だから可能な描写だと思えた。

剃刀の刃や柄の長さが、「弟」の喉元と気管の奥までの長さに合わせて、実に正しく表現されている気がしてならない。

それだから尚更、喉を切った瀕死の弟の声が、鬼気迫るものであるように感じられるのである。

でも、喉笛が切れているんだよ?ヒューヒューと空気が漏れているのだよ?

そんな状態で「弟」が喉から漏れる空気を手でおさえて、何とか、話すのだよ。

私はそれを、いったいどんな声で読めばいい。

わかるはずがないよね。喉は切れない。喉を切ったこともない。でも、

「高瀬舟」のその声を読む時、私の喉は仮想的に切れている。

…。

本当に、痛かった。疲れました。

「喜助」の脳に私の身体を突っ込むようにして、「喜助」が聴いた「弟」の声を私も聴くのである。「喜助」が「庄兵衛」に語るときにするように、弟の喉に剃刀の刃をさらに深く切り立てたときの様子を、私の身体も追体験するのである。

それは厳しい。だから、どっと疲れる。

「高瀬舟」を読むというのは、本質的に言えば、そういう作業である。

読み終えて、塾生の様子を見ると、口を少し開いて、やや顔を青くしている。

うん。あなたも「高瀬舟」を読んだのだね。

それなら、大丈夫。もう、何も言うまい。それくらい文章が読めたら、試験でも、きっと問題なく得点できると思いますよ。

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