クーピーペンシル

クーピーは削らない。

生徒がそう言っていた。なるほど、サクラのクーピーペンシルには鉛筆削りが付属しているが、それを使わず、淵の方から尖っているところをうまく活かしていけば、上手く全部を使いきれるかもしれない。

おもしろい発想だなと思った。

私はクーピーを削る人である。だから、クーピーを削らないで使う仕方を思いつきもしなかった。でも、誰か他の人がいれば、そういったことが知れる。知れるかもしれない。

これが学びの本質だと思う。

ひとりでは学べない。だから、複数で学ぶのだし、本を通して他者と出会うのである。

子曰、「三人行、必有我師焉。択其善者而従之、其不善者而改之。」

『論語』にあるフレーズだ。「三人行えば、必ずわが師あり」などのフレーズとして知られる。

自分自身を含めて三人いれば、自分より善いところがある人を手本とし、自分より善くないところがある人を反面教師として、己を磨くことができるというのがその一般的な意味合いだ。

でも、そういったことができるのには別に条件がある。

己のあり方そのものより、己と他者との差異に関心がなくてはならない。

クーピーの話だってそうだ。

「クーピーは削らない」という話を聴いても、

「何言ってんの?削んないと使えないじゃん、クーピー」ということしか考えられない人は、己のあり方が変わらない。

「三人行」という条件は、その場合、結果として無効なのである。

人の話を聴いて「なるほどそうかもしれないな」と視野が広がる人は学べる人である。

そして、実際にそうしてみる人は、もっと賢くなる人である。

実際にクーピーを削らずに使ってみればいいのである。

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