台風の夜

台風24号が列島を縦断した。

9月30日深夜から10月1日未明にかけては、東京にも台風通過に係る暴風や大雨の影響がでた。

秋葉原ではビルの看板が壊れたり、飲食店のガラスが割れるなどの被害が出たし、穎才学院がある板橋区では倒木の影響で都営三田線が一部区間で約10時間に渡って運休を強いられた。私の自宅に近いJR四ツ谷駅でも倒木の被害があった。練馬の光が丘公園でも大きな木が倒されていた。

こんなにも大きな台風に係る被害が東京都心で出るのは、珍しいのではないだろうか。

幸い、穎才学院は板橋校・本郷校とも被害が無かったが、災害には充分に注意しなくてはならないと改めて思わずにはいられない。

ところで、9月30日から10月1日にかけては、他にもいろいろなニュースがあった。

30日、

プロ野球パ・リーグでは、埼玉西武ライオンズが10年ぶり22度目(西鉄時代の5度を含む)のリーグ優勝を果たした。

同日、

ロックバンドのX JAPANが千葉県の幕張メッセで開催予定だった公演を中止し、同会場で無観客ライブを実施し、有料衛星放送や動画サイトでその様子が中継された。

やはり同日、

沖縄県で沖縄県知事選挙の投開票が行われ、同県宜野湾市にあるアメリカ軍普天間飛行場の名護市辺野古への移設に反対する前自由党衆院議員の玉城デニー氏が、前宜野湾市長の佐喜真淳氏ら3氏を破り、初当選した。

1日、

首都圏の主要路線で大幅に電車が遅れ、首都圏各駅のホームや構内は利用客であふれた。JR山手線のホームは人で埋まり、電車が着いても階段を下りられず、身動きできない状態になっていた。

同日、

経団連の指針で企業が学生に正式な内定を出せる期日をむかえ、各企業が内定式を開いた。台風の影響などで予定していた式を中止した企業もある。

やはり同日、

東京株式市場で、日経平均株価の終値は前週末より125円72銭高い2万4245円76銭となり、バブル経済が崩壊した1991年11月以来、約26年10カ月ぶりの水準で、最高値圏となった。

もちろん、その他にも、いろいろなことがあった。

どれも、それぞれ、重要なできごとであろう。そして、その重要度は人によって異なり、それぞれのできごとからどういった意味を読み取るかも、また人によって異なるはずである。

私は昨日、夕方までに買出しと部屋の掃除とを済ませて、夜は家から一歩も外に出なかった。テレビをつけて、時折スマホでネットサーフィンをしながら、好きな本を読んでいた。

テレビでライオンズがパ・リーグ優勝を決めたのを知った。おめでとう。

X JAPANのライブが中止になり、その後、無観客ライブをするのだということを、ネットの情報として知った。

夜中は暴風で窓が大きな音をたてて軋み、自宅のマンションも揺れているように感じられるくらいで、非常におそろしかった。

朝になったら、予定通り、学校での2時間目からの授業に間に合うように通勤し、小テストを実施・採点したり、授業内外での生徒の言動を確かめたりしていた。どうすれば、生徒たちの学力を有効に伸ばすことができるだろうね。そういったことを考えていたのである。

学校を退勤してから、穎才に向う。今日は本郷校での始業だ。始業前に東大時代から馴染みのラーメン屋で腹を満たす。

午前中に出勤し、設備の安全確認と掃除とを済ませてくれたスタッフに感謝しつつ、やはり自分の目で本郷校の無事を確かめて心が穏やかになるのを感じながら、都営三田線の運行状況を確認する。各講師に所要の連絡を入れて、授業開始まで、ブログの執筆をする。

そういったことをしながら、つねに私は私以外の誰かのことを考えている。

暴風により秋葉原の見知ったビルの看板が、部分的にではあるが、壊れてしまったようだ。ビルの7階くらいの高さから、数本の鉄骨が歩道に落下してしまったのだ。翌日から、その補修にたいへんな手間がかかるだろう。そこで働いている店員の顔が思い出されるし、歩道に鉄骨が落下したとき、誰もそこを歩いていなかったのだろうかと、恐ろしく思わずにはいられない。

本郷校の階下には、最近になって、新しい中華料理屋さんが店を構えたが、そこ店の看板や何かが風で飛ばされたりしていないだろうか。(その中華料理屋さんは、ずいぶんと多くの看板を通りに構えているから。)

そのようにして、私たちはあるできごとにもとづいて、いろいろなことを考える。

いろいろな人のことを思う。

ひとつひとつのできごとに意味を見出す。

例えば、玉城デニー氏の沖縄県知事初当選について。

沖縄県知事選をめぐる諸々のできごとは、東京都民である私にとっても全くの他人事であるとは思えない。

東京都内には7つのアメリカ軍関連施設がある。敷地面積で約1600㎡。それ以外にも、約1200㎡の広さの土地が都内でアメリカ軍関連施設として運用されていた歴史がある。練馬区の光が丘公園一帯も、1970年代までアメリカ空軍の家族宿舎だった。

沖縄には1億8千万㎡あまりの広さのアメリカ軍基地がある。

東京都との最低賃金の格差は200円以上だ。

アメリカ軍基地と基地内に駐留しているアメリカ人には、基本的に日本の法令が適用されない。その基地の運営や駐留アメリカ人の法的地位などは、日米間で結ばれた「地位協定」に定められており、地位協定の運用は、日米両国政府間で協議することとされている。

東京都、栃木県、群馬県、埼玉県、神奈川県新潟県、山梨県、長野県、静岡県の上空には、日本の領空ではあるが、航空機の飛行がアメリカ空軍の管制に置かれる空域がある。その許可を受ければ、その空域内を飛行することが可能なのだが、許可が下りるかどうかは無保証であり、民間の旅客機が一便ごとに毎日飛行の許可を申請することは非現実的であるため、旅客機のほぼ全便が迂回する経路を取っている。

そういった事実ひとつひとつに基づいて、私は様々なことを考え、様々な人のことを思い、それぞれの事実について何らかの意味を見出す。

同じ事実に基づいて、私とは異なることを考え、異なる人のことを思い、私とは異なる意味を見出す人もいる。

私は1980年代の生まれだ。大阪で生まれ育ち、京都で学び、その後は東京で暮らしている。琉球の歴史や沖縄戦のことは歴史でしか知らない。飛行機に乗ることができないし、船旅をするほどの長い休みも取れないので、沖縄県には行ったことがない。

私と異なる時代に生まれた人や異なる場所で生まれた人と、私は琉球や沖縄をめぐるできごとについて、異なる意味を見出しているだろう。

同じ時代に生まれて、同じ場所で育った人とも、それはたいして変わらない。

全く別の話だが、台風の夜、東京の人たちは、それぞれ違ったことを考えていただろう。

それは西武ライオンズのリーグ優勝やX JAPANの無観客ライブについても同じ。

内定式に対しての理解の仕方も、株価に対しての関心の持ち方や捉え方も、人によって異なるはずである。

そういった異なる考え方・感じ方をする人たちが同じような場所で暮らしている。

そういった人たちは、多かれ少なかれ、相互に関係していて、良きにつけ悪しきにつけ、私たちはそういった関係の影響を受けている。

そんなふうに私たちは違っていてもよい。その上で、私たちは他の人の考え方や感じ方を聴き取るところから始めなければならないことがある。

聴き上手という言葉があるが、上手でなくても、他の人の言っていることに耳を傾けるのは大切なことである。

そういったことは私たちの義務なのではなくて、私たちの社会に必要なことである。

今年の2月に亡くなられた俳優の大杉漣さんの映画が今月公開される。

教誨師の仕事は、人の話を聴く仕事だと思う。

死刑囚の話を教誨師は聴いている。

どうして、そういった仕事が社会で必要だとされているのか。

そういったことの意味について、私は考えずにはいられない。

そういう台風の夜であった。

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